毎日のアプローチ(その1)

今回から数回に渡って、過去コラムでも執筆した自己啓発系の内容をアップしていきたいと思います。

今回は私が現役時代に行っていたシーズン中の毎日の試合へのアプローチの仕方をご紹介します。プロアスリートの方にはもちろんですが、会社勤めの方でも参考になる部分はあるかと思われます。どの世界でもプロとして長年活躍する為には、毎日の準備を怠らない事は大事です。

私はメジャーではブルペンから登板するようになりました。投げる日が決まっている先発投手と違って、ブルペン投手はいつ投げるかわからないです。そういう意味では毎日準備が万端でないといけないのです。

まず、チームでは3連戦の最初の日にミーティングが行われます。その時に相手チームの状態がよいかどうか、誰が現在良く打っているか、盗塁が多いとか、ヒットエンドランが多いとかなど、どのような戦法を取ってくるか、が知らされます。それに1番バッターから9番バッター、そして代打で出てくる選手まで細かく話し合われます。

試合が始まるとセットアップである私は基本的に7回、8回まで投げる事はないのですが、マリナーズ時代はだいたい初回からブルペンに行っていました。最初の2イニングは気楽に他のブルペン投手と話をしたりしますが、それでも相手バッターのスカウティングレポートをチェックして、ミーティングで抜けているような事はないかチェックします。

試合も5回前後になると、先発投手の調子によってブルペンで準備する投手が必要となります。このあたりで投げる投手はロングマンと呼ばれますが、大体3イニング以上投げられることが出来る投手が務めます。私のメジャー移籍最初の年のように、先発からブルペンに回ってきた選手、あるいは若手がこの役割を担う事が多いです。この仕事は準備はするが、投げない事が多く、精神的にタフな仕事です。長い間この仕事を任されていると、自分はこのチームに必要ないのかと感じる事も多く、よく不満を口にする選手を見ます。

私は、このあたりになると、もう一度スカウティングレポートに目をやり、今出ている9人の相手バッターの弱い箇所を確認します。試合の前半戦は気楽に見ているのですが、それでも先発投手がどういうピッチングをしているかはチェックしています。特にインサイドをどれぐらい見せているかを見ます。試合の前半でインサイドを見せないとバッターはどんどん踏み込んで、アウトサイドの球を打とうとする傾向が出るからです。投手のピッチングは総合的にアウトサイドを投げる事が多いため、インサイドを時折見せないと、バッターはそのアウトサイドを狙ってきます。先発投手がインサイドをあまり投げない場合は、自分の登板の時にインサイドを投げる必要性が出てきますし、先発投手がインサイドをどんどん投げている場合は、自分の得意球、通常はアウトサイドの球を投げるだけでよくなります。

そして、6回に入って勝っているゲームや、僅差のゲームであれば、登板の準備を始めます。その時にまず、チェックするのは自分自身の今の精神状態。緊張してしすぎているのか? 程よい緊張感か? 全く緊張していない、あるいはやる気が失せているのか? プロでもベテランになってくるとこれまでの経験から緊張しすぎている状態は対処できるのですが、やる気のあまり出ない状態になる事もあるので要注意です。そしてまた、その状態になる事が多くなるのも事実です。若手の選手はその逆で、緊張しすぎている状態をどう抑えるかが課題となります。

良い方法はメンタルトレーニングで言うところの呼吸法を使うことです。プロの選手であればだいたい自己判断で、自分が緊張しているかどうかは判断できると思いますが、分からない場合は、1分間の脈の速さを診れば分かります。人によって差はありますが、脈が120以上打てば緊張感がある。あるいは緊張しすぎている。普段とほとんど変わらなければ緊張感がないという事です。

若手の選手はほとんどの場合緊張していますから、腹式呼吸方を使って緊張感を抑えます。逆にベテラン選手で緊張感がない場合は、まず呼吸を速くして脈を上げ、それからゆっくりと腹式呼吸をします。詳しくは以前にも述べていますし、また別の機会でも述べます。

そして、いよいよブルペンで投げ始めます。その時の状況を思い浮かべると今でも緊張感が走ります。特に急にベンチからブルペンに電話がかかってきて、「3人目のバッターに間に合うようにしてくれ」と言われると、それまでも精神的な準備はしていますが、思わず「まじかよ。」と言ってしまいます。現役を引退して5年が経った今でも、しょっちゅうその状況の夢を見ます。ブルペン投手にとって準備をする時間がないという状況は、一番タフな状況だからです。

9年もメジャーでブルペンの仕事やりましたから、少々の状況ではビビらなくなりました。時間が5分ぐらいしかなくて、気ばかり焦ったら余計に準備できません。通常は30球から40球投げなければ準備が出来ないのですが、そういう場合は10球投げたらなんとかなると思い込む事です。マウンドでも7、8球練習する事ができるのだからと考えると少し気が楽になります。あと、マウンドに上がればアドレナリンが出るから、その事を分かって練習すると良いのです。ブルペンは練習場、マウンドが本番ということを知ることは大事です。新人の選手ほどブルペンで完璧に仕上げて、実際の試合になると力が出ない事が多いです。それはアドレナリンがマウンド上では出る事を知らないから、必要以上に力が出て抑えが効かなくなるのです。私の場合は体さえ温まって、怪我をしない状態になればいつでもOKだと言っていました。よくブルペンで球を受けてくれるキャッチャーが「それでマウンドに行くのか?」と心配そうに聞いてきました。しかし、体さえほぐれればマウンドに行ってから何とかします。そういう気持ちなら何か問題が起こってもパニックに陥る事がありません。マウンド上の本番では、いつも何かとんでもない事が起こることをいつも頭においていました。それを楽しめるようになれば本物です。

さて、マウンドに上がって練習球を投げるのですが、最初の2球は軽く投げます。いくら自分のホームフィールドであっても、やはりブルペンとマウンドは違います。それなのにいきなり全力で投げると怪我の原因となるからです。3球目から5球目ぐらいは変化球を投げ、最後の2球は審判がプレーボールをコールした後のように全力で投げます。体もそれによって準備が出来るし、何よりもメンタル的に、この2球を試合と同じ気持ちで投げる事により試合の1球目は、3球目を投げる時のような気持ちで投げる事ができます。テレビで観ていて最後の投球練習の球をふわふわっと緩く投げる投手がいるが、あれはメンタル面で言えばよくないのです。

試合のスコア? 今何回か? ランナーは? これらを確認して、「プレーボール」と審判がコールした時には、自分はもう何人ものバッターと対戦している気持ちになっています。そうなればブルペン投手としてしっかりした仕事をこなせます。

試合中の事、試合後の事は次回にお話します。

長谷川滋利