前回は、試合前のチームミーティングからマウンドに上がって第1球目を投げるまでのアプローチを述べました。ブルペンで登板を待つ間にスカウティングレポートを見直すことや、ブルペンでウォームアップをする前に自分自身のメンタル面は現在どんな状態なのか? その状態をどのようなアプローチによってベストの状態にもっていくかなどを説明しました。今回はマウンド上でいかに普段の力を出せるかという事と、試合後の反省などの部分を述べたいと思います。
マウンドに上がっていつも良い結果が出る訳ではありません。それは仕方がないのですが、だからといって周りの流れに流されるがままにプレーしていては進歩がありません。調子が良く相手バッターを抑え込めている場合は別にして、うまくいかない場合は、その試合でどうしたら少しでも良い結果が残せるか考えながらプレーする事は長いシーズンで良い結果を残すのに大事な事です。
その様なあまり調子の良くない時、調子の悪い時に自然とすぐに立ち直れる選手というのはまずいません。あらかじめその様な時のために準備が必要です。まず、メンタル面では試合前に自分の思い通りのピッチングが出来なかった場合は、「アメリカの国旗を見たら落ち着く」というようにあらかじめ準備をしておかなければなりません。この場合の目印となる物はその球場の中で動かないものがいいでしょう。先ほど述べた国旗、あるいは宣伝広告のサインなどでもよいです。それを見たら自分を取り戻すんだと、試合前、あるいは登板前に確認しておきます。試合中には、自分のコントロールできる事以外でとんでもない事が起こることが多々あります。例えば、「審判がど真ん中のストライクをボールと判定した。」「アウトサイドギリギリの私のベストピッチであるスライダーをホームランされた。」など。その様な状態に陥ったら普通はその直後パニックに陥ります。一瞬パニックに陥る事はいくらプロでも仕方ないとしましょう。しかし、その後次の球を投じる時に、まだその前の投球を引きずって普通の精神状態ではない状態で投げてはプロとは言えないのです。いかにそのパニックの状態を断ち切れるかが勝負です。そのために、事前にパニックに陥った時にそれを見て落ち着く為の目印を決めておきます。そして暗示をかけておきます。「それを見たら気持ちが落ち着く。精神状態が元に戻る」という様に。
また技術面では、このポイントさえ修正すれば大丈夫というようなポイントを1つ試合前に決めておきます。そのポイントはあまり複雑でない方がいいです。マウンド上でチェックできる時間は長くとってもほんの30秒から1分ぐらいです。私の現役時代の例を挙げると、ある時はシンプルに「足を高く上げる」という事だったりしました。その理由は足を高く上げる事により、体全体が前に流れることなくバランスよく投げる事ができるためですが、そんな事をマウンド上で思い出そうとする余裕はありません。ただ単に「パニックに陥ったら、あるいはいつもよりコントロールが定まらなかったら足を高く上げる」というように事前に決めるのです。そのポイントは試合前に自分のビデオを見ながら、あるいは過去の自分のピッチングを思い返しながら、今の自分に調子が悪くなった場合に何のアドバイスが一番効果的か考えます。時にはそのポイントを帽子に書いていた事もあるし、ピッチングコーチに「今、私がマウンド上で調子が悪くなるとしたら、この部分が悪いから、マウンド上に上がってきたらそのチェックポイントを言ってくれ。」と事前に話していたこともありました。
この1つのポイントに集中するという事はメンタル的にもよいのです。というのは「これ以上点を屋ってはいけない」とか「四球はいけない」といったネガティブな思いを振り払う事が出来るからです。そのような事を考えるなら、「足を高く上げる」という修正ポイントに集中する方がよっぽどよいのです。
さあ、その様なメンタル面の準備、調子が悪い時の為の技術面の準備をして、いざ第1球目を投げ込みます。これだけの準備をしても打たれるときもあります。もちろんメジャーで9年頑張れたのだからほとんどの場合は抑えることができました。しかし、試合後抑えた、打たれたに一喜一憂ばかりはしていられないのです。というのも、メジャーリーグはオリンピック大会のように4年に1回行われる競技ではなく、1年に162試合が行われる長丁場だからです。今日抑えても、打たれてもまた明日登板の機会があるかもしれない。そのためにもその試合の反省はある程度その日のうちに行わなければならないのです。
通常、セットアップの仕事は1イニングか2イニングを投げると役目を終えます。勝ちゲームの僅差の試合であれば、7回か8回に登板して8回が終わると役目を終えます。9回にはクローザーが控えているからです。そのクローザーがマウンドに上がるのを確認してから通常は、ベンチを後にして、マリナーズの本拠地セーフコフィールドではベンチ裏のビデオルームに直行します。セットアッパーによっては、試合の最後までベンチにいる者もいるし、私もエンジェルス時代は試合終了までベンチいる事もありました。しかし、マリナーズに入ってからはその後のチームの結果を追いかけるよりも、明日以降も自分のピッチングができるように努めるほうが大事だと考えるようになったため、9回のクローザーのピッチングはビデオルームで観る事が多くなりました。もちろんチームが連敗中であったり、何か記録がかかっているときなどベンチにいた方がよい場合はその時によって対応はしました。
ビデオルームに入るとまず、自分のピッチングを早送りしながらざっと見ます。自分の投球フォームはおかしくないか? 相手バッターに対する攻め方はよかったか? 抑えた時でも、きっちりとしたピッチングをして抑えることができたのか、それとも自分の投球は良くなかったのだが、相手がそれ以上に悪かった為に抑えることができたのかなどと考えます。抑えた時は私のセットアップという仕事柄そのまま勝ちゲームという事が多いため、そのまま皆とハイファイブを行って、その後アイシングをしにトレーナールームへと向かいます。
アイシングなどして体のケアをする事も、明日以降戦うためのプロとしての大事な仕事です。特にベテランの域に入った30代前半からは、肩肘はもちろんそれ以外の腰や太腿の内転筋など、少しでもおかしなところがあれば、それもアイシングしてもらう、あるいはトレーナーにチェックしてもらったりしていました。
打たれた場合や、抑えても明らかに調子が悪いと感じた場合はアイシングをしながらまたビデオルームに戻ります。そして30分ぐらいフォームや、投球の組み立てをチェックします。たいがいの場合は少しの修正ですむことが多かったですが、メジャーに移籍してからもスランプに陥った事は何度かあったので、そういう時はとことんビデオを見返しました。しかし、そういう場合でもだらだらと時間を過ごす事はしませんでした。特にホームゲームの場合は、家で家族も待っているし、ビデオ係の人にも悪いので、いつまでも球場に居残る事はありませんでした。30分から45分で打ち切ります。その後、テレビ局や新聞社などのメディアの人たちのインタビューに答えます。抑えた時は試合後すぐにインタビューに答えるときもありましたが、打たれたときはだいたい試合後30分ぐらいビデオを見てインタビューに答えました。ラッキーだったのはマリナーズに移籍してからは日本のメディアの人はイチローのインタビューに追われる事が多く、私が試合後30分ビデオを見てからインタビューに答えても何の問題もありませんでした。打たれて気分が良くない時でも、何が悪かったのかある程度発見できていたし、試合直後の頭に血が上っている時に受けるインタビューよりも冷静に答えることができました。まあ、そうではなくてもメディアのインタビューにきっちりと答えようとして考えをまとめる事により自分のためにもなりました。
プロ野球選手の中には、日米を問わず試合の結果如何ではインタビューに答えない人もいますが、自分の考えをまとめる意味でも答えたほうが良いと思います。そういう癖をつけると自分の為にも良いし、メディアの人も喜んでくれる為、少々のことがあっても悪く書かれる事がなくなります。私がプロの世界に入ってから日米15年間、メディアの人たちと問題なくやってこれたのも、その後スポニチや共同通信の仕事をさせていただいたのも、このよい習慣から来ているのかもしれないです。
今回はこれぐらいにして、次回は球場を後にしてホームゲームだと車を運転しながら家に向かう道中、アウェイだとバスに乗ってホテルに戻る道中に考える事から、次の試合までのアプローチを述べたいと思います。
長谷川滋利