毎日のアプローチ (その3)

前回までは試合前の準備と試合中について述べましたが、今回はその結果を受けて試合後どうするかについて述べます。試合後の車の中で考える事、家についてから、そしてその次の日にする事などを中心に述べたいと思います。

前回は試合後のインタビューに答えるところまでを述べましたが、その後、ホームゲームでは1人で車を運転して帰ります。妻や子供が観戦に来ていたときでもデイゲームでない限り、2人は先に家に帰り、妻は私の夕食の準備をしてくれていました。そういう意味で車の中は試合後唯一1人になれる場所です。抑えた日は好きな音楽でも聴いて楽しく帰るのですが、打たれた日は車の中でもう一度いろいろ考えます。試合直後に観たビデオを思い出しながら何が悪かったのか? 修正はすぐに可能なのか? などゆっくりと考えます。

私は日本の時から自宅は球場から30分から45分ぐらい離れたところを選んでいました。他の選手は5分や10分ぐらいの近場を選ぶ事が多いのですが、私は違いました。というのも打たれた時はゆっくりと車の中で考えて、ある程度問題を解決してから家に帰りたかったからです。打たれた時は球場から家までがあっという間でした。いろいろ考えていると30分でも短いぐらいです。逆に抑えた日は早く帰って好きなことをしたいのになかなか着きませんでした。そういう時は、家が遠いことを後悔もしました。

問題が深刻な場合、特に2試合連続で打たれた場合などはその時間で解決できない事もありましたが、車を降りるともうその日の試合の事は次の日まで考えないように努めました。なぜなら家族にもあまり心配をかけたくないし、そのままベッドまで持ち込むと眠れなくなってしまうからです。何度も言うようにメジャーはシーズンが長丁場ですから、疲れを溜め込むと持ちません。もちろん時には、妻に愚痴をこぼす事もありましたが、そういう時妻は決まって、「大丈夫、大丈夫」とポジティブな答えを返してくれました。野球は全くと言っていいほど知らない妻ですが、それがなぜが慰めになった事を今でも覚えています。

ビジターのゲーム、いわゆる遠征先で打たれた場合は、家族に心配させる事もないし、問題が解決するまでじっくりと考え続けたかというと、実はそうではありません。ホームゲームと同じようにバスの中ではヘッドホンをしながら試合の事をいろいろ考えますが、バスを降りたら忘れるようにしました。それでもあまりにも打たれたことなどに腹が立った場合は、ホテルの部屋にはいってから大声を張り上げた事は何度かあります。その後、他の選手とロビーのバーで少しビールを飲んで、野球の事は忘れてからベッドに入るのが気分転換の方法でした。

ホームゲームでも、遠征先でも、朝起きてすぐには野球のことは考えませんでした。家の事をしたりと、出来るだけ別のことを考えます。遠征先では、特にマリナーズでプレーするようになってからは、コーヒーの街シアトルが地元という事で、朝はおいしいコーヒーを飲む癖がついていましたから、散歩がてら1人でコーヒーショップに行ったりしていました。イチロー選手などは昼ぐらいまで寝ているようでしたが、私は結構早起きでその代わり昼寝を少ししたりしていました。疲れて長時間ベットで眠り続けるより、6時間か7時間で起きて、昼に30分ぐらいの昼寝をするほうが私は時間も有効に使えたし、体の調子も良かったように思います。

調子が良い時は、球場にウォーミングアップが始まる2時間ぐらい前に行きます。それでストレッチや、ウエートトレーニングを行います。打たれた時は、ウォーミングアップの3時間前から4時間前、だいたい1時か2時ぐらいに球場入りして、まずはビデオルームに行って再びフォームチェックを行います。それでも原因が分からない場合は、ピッチングコーチを呼んで一緒にビデオを見てもらったりもしました。エンジェルス時代のラッチマンコーチ、コールマンコーチ、マリナーズ時代のプライスコーチは皆のビデオよく見ていて、的確なアドバイスをくれる事が多かったです。しかし、それでも100%コーチを信頼するのではなく、再度自分で確認するのがプロだと私は考えていました。

悪い箇所が分かれば今度は、鏡の前に立ってショドウピッチングをします。それで何となく感じがつかめたら普段やっているストレッチやウエートトレーニングを行います。特にストレッチは、いくら調子が悪くピッチングフォームの問題の原因が分からないからといってもスキップする事はありませんでした。メジャーリーガーにとって怪我が一番悪いと私は考えていたからです。

さて全体練習が始まってウォーミングアップが終わると、キャッチボールを行います。日本のキャッチボールと違ってどの投手もキャッチボールは真剣に長めに行います。というのも先発投手も、ブルペン投手も投げない日はあまりブルペンで投球練習をする事がないので、それをキャッチボールで補おうとするからです。私はキャッチボールのとき相手を座らせてフォームチェックをしながら投げます。それで先ほど鏡の前でチェックした感覚で良いかどうかを確かめるのです。

そのキャッチボールでもイマイチ感覚がつかめない場合は、バッターがフリー打撃を行っている時に、外野のフェンスに向かってボールを投げます。私は調子が少し悪くなるとこの行為を繰り返していました。しかもいつもだいたい同じフェンスに向かって投げていた為、そこのフェンスが少し傷んでいました。球場の人たちはそれをシギーズ・ダメージと呼んでいました。シギー(私)のいためたフェンスという意味です。本当のスランプの時は修正に数日かかることがありました。それでもやり続ける事が出来たのは、やはりマウンド上での相手バッターとの駆け引きが楽しかったからでしょう。ただ、駆け引きを楽しもうと思えば自分の思ったところに球をコントロールできなければなりません。フォームの狂いがあるとそのコントロールが微妙に狂うのです。「その狂いを修正してマウンド上で楽しもう」今考えるとそれがすべてだったような気がします。もちろんメジャーで一杯お金を稼いで好きなものを買おうとかいうものもあるにはありました。しかし、それだけでは毎日のしんどい練習は耐えられません。特に調子が悪い時は・・・。

次回は修正できた、できなかったに関わらずマウンドには上がらなくてはならないブルペン投手の辛さなどについても述べたいと思います。

長谷川滋利