毎日のアプローチ (その4)

試合での登板後、良くても悪くてもビデオを観て反省します。結果が悪ければ時間をかけて原因を突き止めます。そして突き止めた原因を修正し、次の登板に備えます。ただ、微調整で済む場合は次の日には原因を突き止め修正できる事がありますが、次の試合に間に合わない場合もあります。

ブルペン投手はいつ投げるか分からないです。日本はブルペン投手が8人ぐらいいますから打たれた次の日は投げない場合が多いようですが、メジャーではブルペン投手は6人か7人しかいませんから打たれても次の日も登板ということがよくあります。調子が悪く投げると打たれることが分かっていても投げなければならない日はあります。そういう意味では試合前にピッチングコーチとビデオを観て話し合っておくと、コーチの方も「長谷川は今回は重症だな」とか「昨日の打たれた原因は分かっているから今日は大丈夫だろう」と判断がしやすくなります。プロだから自分の事は自分で解決するのは当然の事ですが、ベースボールはチームスポーツですから、投手交代を決める監督・コーチに自分の状態を知ってもらっておく事は重要です。ほとんどの投手がそうはしませんが・・・。

私自身、何度も今登板したら打たれると分かっていても、登板したことはありました。それでもたまたま抑えられるというほどメジャーは甘くありません。以前、メッツでプレーした柏田君と話した事がありますが、「そういう時は決まって打たれた」と言っていました。それもぼこぼこに。それは私も同じでした。ではそういう時はどうするか? 名前は出せないが、ある選手は、本当はそうではないのに肩が痛いとか肘が痛いと言ってDL(故障者リスト)入りしてしまう選手もいます。まあ、チームの事を考えれば打たれると分かっているのに登板するのは良くないのかも知れないが、私は嘘をついてDL入りする事は正しい行動とは思えません。また、コーチに投げたくないというのもチームプレーヤーとしてはよくないです。それはもう、打たれると分かっていてもマウンドに上がっていくしかないのです。ボコボコに殴られるのが分かっていても男として喧嘩しなければならない状況があるのと同じです。ブルペンに6人しか投手がいなければ負けゲームで投げる敗戦処理も必要な訳です。「俺はセットアッパーだから、クローザーだから」は通じないのです。調子が悪い時は敗戦処理でもしなければならないのです。それがメジャーです。

ただそんな時でも、チームの為にも自分のためにもできるだけダメージが少なくていいようには考えます。一番避けなければならない事は力を入れすぎて怪我をする事。チームを助けるために敗戦処理でもやろうというのに怪我をしてしまってはかえってチームに迷惑をかけます。人間は遠い昔の原始時代のなごりで、ピンチに立たされたら緊張感が増し力一杯物事を行おうとしてしまいます。しかし、メジャーのようなレベルの高いプロの世界ではそれは全く通用しないです。逆に力を抜いて投げる方が相手のタイミングを外せるときがありました。全力で投げてもどうせ打たれるのだから、力を抜いて投げる方が怪我をする可能性も低いです。ただ、そうやって軽く80%ぐらいで投げるにしてもいい加減に投げる訳ではないです。力を抜くという事といい加減にやるという事は全く別物です。

さて2日連続で投げて打たれると、今度は精神的に参ってきます。ベテランの域に達してきていたマリナーズ時代はまだ良かったですが、エンジェルス時代はまだ蓄え(銀行口座の残高)もなかったので悲壮感も漂ったものです。これまで述べてきたことと違うこと、ビデオを何時間も観て、あるいはフェンスやネットに向かってフォームの修正のためにたくさん投げる事も行ったこともあります。しかし、ただ闇雲にそういう事をやり続けてもうまくはいかなかったです。やはりビデオ、30分から1時間、実際に体を動かしての修正も10分、20分行うと休んで頭を整理します。この方法が一番うまくいきました。

引退する頃には、もちろん投資やビジネスなどでやっていける自信も出てきていた事もあったからでしょうが、そのプロセスを楽しんでいたように今となっては感じます。2003年のオールスターに出場した年よりも、その前後のまあまあの年、あるいは成績が悪かった年のほうが、球場にもいつも早く行っていたし何か充実感もありました。というのも良い年は、フォームの修正などは全く行わないのです。特に何も考えなくてもうまくいきます。しかし、悪い年というのは、フォームを「こう変えよう」とか「ああしよう、こうしよう」と頭を使うことが多かったです。結局私はそのように頭を使うこと自体が、マウンドに上がって相手バッターとの対戦を楽しむ事と同様に楽しかったのでしょう。まあ、これはあくまでも引退した今だから言えることですが・・・。

プロセスの話に戻すが、プロというものは技術的な事や、プレーする間隔は違うにしてもたいがいはこの様なものです。特に野球などはいつもテレビに取り上げられ活躍したところばかりがスポーツニュースなどでは映りますが、毎日の生活はこのように地道です。先発投手でも20勝0敗の投手はあまり見かけないでしょう。良い投手で6割から8割が勝ちゲーム。後は負けゲームです。アベレージの投手で5割、先発5番手になると勝つことよりも負けることのほうが多かったりします。という事は私が述べている打たれた時のプロセスを私以上に行っているという事です。バッターでも同じ。イチロー選手も私はオリックス時代から見ていますが、ほとんどこれと同じような毎日です。

おそらく他のプロスポーツの世界、いやプロと名のつく様々なジャンルの人たちは形こそ違えどもこの様なプロセスを毎回踏んでいるはずです。またこの様な毎日のプロセスを踏んでこそ業界でプロ、本当のプロと呼ばれるようになるのだと私は思います。

長谷川滋利