日本の受験勉強の矛盾

私の息子がアメリカの高校に通っていた関係で、日本の高校とアメリカの高校の勉強の仕方の違いが見えてきます。今回は日米の学校システム、勉強の仕方、受験勉強について述べたいと思います。

私は1997年以降アメリカに移住した事から、現在の日本の学校システム、受験システムを完全に把握しているわけではありません。しかし、私の兄の息子2人が日本で育っているのを見たり聞いたりして、私が育った当時とそれほど差はないという感じはしました。

日本の中学、高校は3年生になったら真剣に進学の事を考え、勉強に集中し始める。どちらかというとそれまではクラブ活動などに力を入れて、3年の夏にそのクラブ活動を終えると、今度は受験勉強のために勉強に集中します。中学生では私立の進学校かその地域のトップの公立高校、高校生では皆が知るところの有名大学に入学するためには、夏以降の半年間、睡眠時間を減らしてまで勉強に集中しようとします。その行為は決して悪いことではないと思います。少なくとも何かに集中して物事を行うという癖はつくからです。

しかし、学校教育とはそういうものでしょうか? 人生でもそうですが、何か物事を達成する為に、短期間で集中して行う、あるいはテクニックを使ってうまく行おうとすることが良いことが最終的に効果が出ることなのでしょうか? 確かに短期的にテクニックを使っても成功する時はありますが、いつもそんなにうまくいくとは限りません。

日本の学生のことを考えると、受験のために問題を解くテクニックを塾で習ったり、とにかく受験で合格することが主体になっているように思えます。それよりも、中学、高校に入学して1年目から平均して行う毎日の勉強の積み重ねの方が大事だと私は思います。

息子の通っていたアメリカの高校を見ていると、高校入学した1年目から毎日たくさんの宿題をこなし、テストも毎週のように行われています。中学から高校へも公立の場合は自動的に進学できます。その後も、大学に受験のようなものはなく、ほとんど内申書で大学入学が決まります。大学でも話によれば、入学するよりも卒業する方が難しいと聞きます。つまり、こちらの学校では中学ぐらいからとにかく1年を通して勉強する事が課せられる訳です。私がエリアは全米でも学校のレベルの高い場所ですから、アメリカ人皆がうちの息子の学校のように1年を通して平均的に勉強しているかというと、そうではないかもしれません。もちろん全く勉強もしないで落ちこぼれる子供達がたくさん出る地域もあると聞きます。ただ、この様に1年を通して勉強する理にかなった教育を行っている地域が全米にはたくさんあることも事実です。それらの地域では、スポーツをするにしても勉強の成績がある一定よりも下回ると活動休止となってしまいます。そしてその生徒の成績が上がるまで勉強のみに集中させるのです。

日本のように丸暗記の勉強だけではなく(もちろん丸暗記しなければならない科目もあります)、ライティングなどは生徒の創造力を発達させるようなテストも行われます。答えにうまいテクニックのようなものはありません。とにかく毎日の勉強を地道に行っていなければ答えられないようなものも多いようです。これが本来の教育ではないのでしょうか? 社会に出てからは受験のような一発勝負のような行事はそれほど多くありません。それよりも大事なのは毎日の地道な努力です。野球の世界でも以前に述べましたが、毎日の地道が練習があって一流となるのです。

人格の欠陥、裏表のある二面性、不誠実な人がいくらテクニックを使って一時的には成功しても(受験に受かっても、あるいは就職できても)長い人生それでは乗り切れません。遅かれ早かれ皆に人格を見破られ、社会人として成功していけません。その癖を学生の頃からつけるべきでしょう。

最後に「農場の法則」ついて述べたいと思います。農業では、種を蒔かずに刈り入れをすることはできません。人生も同じで毎日の地道な努力なしに成功はないのです。仕事やビジネス、投資などに手っ取り早く成功するテクニックなどありません。そのようなテクニックは短期的には成功することもあるかもしれませんが、長期的にはうまくいかないのです。そのことを学生のうちから教育するシステムが必要だと私は思います。もしそのようなシステムを作るのが難しいなら、各家庭でもいい、受験勉強よりも毎日の地道が勉強が必要な事を教えてあげて欲しいです。グローバル化が急速に進む世界の中で、そのような教育が日本を救えるのかもしれません。

(本コラムは、2010年に執筆した内容に加筆・修正しています)

長谷川滋利