現役にこだわる選手、そうでない選手

メジャーリーグには現役にこだわる選手とそうでない選手がいます。今回はそのようなことについて述べます。


まず最初にプロに入るような選手は、ほとんどが野球が好きということに違いはないでしょう。もちろんプロ に入って仕事としてやっていく上では生活もかかっていますから、怪我をしてしまって思い通りにプレーできなかったり、スランプに陥った時に一時的に嫌いにな ることもあるでしょう。それでも全体的に見れば皆野球が好きです。この好きということが、非常に重要です。講演などでもよく述べることですが、好きということ以外に、も ちろん野球が得意でなければプロにはなれません。当たり前の話です。私たちが仕事を選ぶときや、ビジネスを起こす時にも同じことが言えます。野球選手が引退後、第 2の人生を歩む時も同じです。そしてもう1つ。社会に貢献していなければならないのです。自分の選ぶ仕事が反社会的な犯罪行為であったら問題です。野球の場合は社会に貢献していることというのは、明らかにクリアしているが、一般的に仕事やビジネスを選ぶ場合はこの ことも重要になってきます。世の中に反することや、迷惑のかかるようなことをやっていては長続きはしません。

1.好きであること
2.得意であること
3.社会に貢献していること

以 上の3つは野球をやるうえで、スポーツをやる上で、あるいはビジネス、仕事を選ぶ上で非常に大事なので、書き出してみました。当たり前のことですが、案外皆忘れています。私は皆から引退が早かったと言われます。その早まった理 由は1番目の理由です。もちろん引退する直前も、引退した現在も野球を「好きであること」に代わりありません。しかし、例えば(昨年引退してしまいましたが)イチロー選手や、40歳を超えているのに今も現役を続けている選手よりも好きかというと、そうだとは言い切れません。まず第1にそこが現役にこだわる選手と、そうでない選手との差ででしょう。

私 の現役最後のシーズンが終わった年、新幹線でサッカーの三浦カズさんとばったり会いました。私のことを知っているかなあと、「メジャーで野球やっている 長谷川です」というと、カズさんは「もちろん知っていますよ」と答えてくれました。数分話した後に、今年で引退することを話すと、「どうしてなんですか?」と信 じられない様子で聞き返してこられた。私が「年齢的にも、遠征などがつらくて。自分の息子の野球も見てあげないと」と答えると、それでも信じられないという ような感じでした。

カズさんは比較的選手寿命が短いサッカーという競技で、今でも50歳を過ぎてまだ現役を続けているのですから、40歳前 で、バリバリ投げていた私が引退すると言えば、驚かれるのは分かる気がします。しかもテレビなどで観ていると本当にカズさんはサッカーを愛していて 、サッカーが人生のすべてと考えている人のように私には見えました。

メジャーリーグでは選手が本当に野球を好きかどうかということが、その選手の引退 の時期ではっきり出ます。特に1年で10ミリオン以上稼ぐような選手は、よほど無茶なお金の使い方をしない限りは、経済的には引退後もそれほど心配はあり ません。以前にも述べましたが、Aロッドなどは、今野球を辞めても不動産投資などで年に数ミリオンのキャッシュが入ってくるシステムを作り上げてい ます。彼が野球を続ける理由は明らかに金銭的なものではありません。彼は野球が好きだからプレーし続けるのです。しかし、これほどのレベルの選手でも、メ ジャーの高いレベルではスランプなどが付きものです。あるいは怪我することもあります。生きていくため、生活のためにスランプや、怪我を乗り越えようとする のは一般社会で毎日働くのと同じことですが、経済的に働く理由がなくなったら、やはりしんどい遠征をこなしたり、リハビリのためのトレーニングを続けるのは 大変なことです。野球を愛していなければ続けることができません。

さて、メジャーリーグでは本当に野球が好きかどうかという理由が早く引退 するかどうかのバロメーターになっているということがこれまでの説明で分かってもらったかと思いますが、日本の選手はどうでしょうか?  私の場合は、ビジネスや投資、ゴルフが野球と同じぐらい好きなので、引退した現在も野球が出来なくても寂しい思いは全くありません。野球と同じぐらいあるいはそれ以 上にやり甲斐を感じてそれらに打ちこんでいます。しかし普通は引退後のするべきことが見つからないから現役を続けようとする選手が多いよう に思います。日本の選手は幼い頃から野球ばかりして育ちます。金銭的にプレーし続けなければならないということと、野球以外何をしたらよいのか分からないということで現役を続ける選手が多いです。またプロ時代の緊張感と同じものを求めてギャンブルなどに走る選手も過去に何人も見ています。

イチロー選手や、サッカーの三浦カズさんのようにトップにたってしまえば、どんなことがあろうと引退後も生活していくことができます。しかし、 ほとんどのプロ選手がそこのレベルまでいくことは難しいですから、野球をやりながらでも引退後のことは考えるべきでしょう。オフシーズンの間にビジネス界 をはじめ様々なジャンルの人たちにあって話を聞いたりする。野球以外の自分の興味のある分野の本や情報誌を読む。案外、野球に集中しすぎるよりもそちらの方が野球 にも好影響を与えると私は思うのです。そのような準備があって、イチローやカズさんのように超一流になってしまったというのであれば何の問題もないです し、その後コーチ業の仕事に就いたり、解説者になるとしてもそれらの知識が役に立つでしょう。つまり、いつも転ばぬ先の杖を持っておくということです。そうし て、引退することはいつでもできるが、野球が好きなので続けたいというのであれば本当に野球をプレーする事を楽しめるでしょう。

日本ではすることが見つからないから、金銭的にプレーし続けなければないらないからという理由の選手が多いのが現状で、メジャーでも上記したような準備が整っている選 手がすべてだとは言えない。仮にイチローやカズさんのようになって金銭的に余裕はあっても、引退後のやりがいを見つけておくことは大事なことだと思います。

(本コラムは、2011年に執筆した内容に加筆・修正しています)

長谷川滋利